不登校を経験し、ADHDの特性を持つ私だからできる就労支援
2026/7/23
就労移行支援事業部 マネージャーの今野友貴です。
1.不登校の殻を破り、ボランティアで芽生えた他者支援の喜び
私のキャリアの原点は、高校時代の不登校経験に遡ります。当時は「自分のやりたいこと」と「自分の持っている能力」のギャップに深く苦しみ、学校に通うことができなくなってしまいました。
大学進学を機に、「このままではいけない、自分を変えたい」という思いから、NPO法人が主催する国際交流のボランティア活動に飛び込みました。活動内容は、インドネシアの小学生と日本の小学生のオンライン交流支援でした。
当初は自分自身の成長や変化がモチベーションでしたが、運営メンバーや小学生など多様な人々と関わるなかで、次第に「他者の可能性が広がり、成長していく姿」を目の当たりにすること自体に、何物にも代えがたい喜びを感じるようになっていきました。
ボランティア活動の参加は偶然でしたが、これを機に、「困難な状況にある人々にも、成長につながる挑戦の機会が平等にある社会」を実現したい、という想いを抱くようになりました。
この経験が、「他者を支えたい」という想いの源泉です。
2.ADHD診断が自分の強みを培うきっかけに
大学時代、もう一つ私にとって大きな転機がありました。それはADHD(注意欠如・多動症)の診断を受けたことです。
それまで「なぜか課題を納期までに間に合わせることができない」といった生きづらさを抱えていましたが、診断が出たことで、「これが自分の特性なんだ」と原因が分かり、安心することができました。
そこからは「どうすれば自分の苦手な部分をカバーできるか」と、さまざまなアプローチを試行錯誤する日々が始まりました。この当事者として悩み、対策を工夫してきた経験が、今の私の強みとなっています。
3.「本当にやりたいこと」はキズキにしかなかった
大学を2024年3月に卒業するにあたり、私は「社会課題の解決を仕事にしたい 」と考えていました。しかし、当時はビジネス経験が浅かったこともあり、就職活動では多くの壁にぶつかりました。その後、いくつか内定をいただいたものの、「この仕事の先に自分が本当にやりたいことと繋がっているのか?」という違和感を拭うことができず、内定を辞退してしまいました。 そんな中で出会ったのが、キズキでした。
「何度でもやり直せる社会をつくる」
キズキの掲げるこのビジョンは、不登校やADHDで苦しんだ経験と強くリンクしました。ビジョンを実現するために、社会課題に対して、真摯に向き合っている姿勢に深く共感したのです。 当初は教育支援の分野を探していましたが、教育の先にある「継続的な就労をどのように実現するか」により強い関心を持ち、 就労移行支援事業であるキズキビジネスカレッジ(KBC)への配属を希望し、2024年7月に入社を決めました。
4.相手を尊重し、自走を促す「伴走型」の支援スタンス
キズキの支援スタイルは、自分の考えを強く押し出すリード型ではなく、利用者様のお話を一旦しっかりと受け止め、整理していく「伴走型」です。
支援において最も重視しているのは、利用者様が「どうなりたいか」という目指したい姿をゴールに据えることです。 ボランティア活動を通じて培った「傾聴力 」を活かし、本人の意思を尊重した上で、目標に向けた課題の特定と解決策を一緒に考えていきます。
また、KBCにはビジョンに共感する多様なバックグラウンドを持つ優秀なスタッフが集まっています。 そうした環境で刺激を受ける中で、私の「論理的思考に基づいて支援する」という強みを培うことができました。 感情論や主観ではなく、利用者様が目指す方向性に対して「今何が必要か」「どんなことに困っているか」をロジカルに整理し、着実にステップアップしていけるようサポートしています。
5.不登校経験もADHDも誰かの「再挑戦」を支える力になる
キズキに関心を持ったあなたへ。
「人を支援することに関心があるけど支援経験がない」
「自分にはまだ、誇れるようなスキルがない」
「過去の挫折経験は評価されないのではないか」
「社会人経験がないのに、キャリアの支援ができるか不安」
もしそう感じているのであれば、そのままのあなたで、まずは一度お話ししに来ませんか。
私自身、かつては理想と現実のギャップに絶望し、就職活動でも悩み抜いた末にキズキにたどり着きました。でも、その「葛藤」や「試行錯誤」の経験こそが、いま目の前で立ち止まっている誰かに傾聴し、伴走するための、一番の武器になっています。
「何度でもやり直せる社会をつくる」。 このビジョンに少しでも関心がありましたら、あなたの経歴を聞かせていただけませんか。あなたとお話しできることを楽しみにしています。