【全7本】不登校オンラインで記事を公開しました
2024/6/28
キズキが運営するオンラインメディア「不登校オンライン」にて、記事を7本公開いたしました!
- 「他人が怖いんですが、どうやったら話せますか?」不登校経験者がコミュニケーションのプロに聞いた、他人を怖がらずにすむ方法(経営者・高山洋平さんインタビュー)
- 「フリースクールでは教育に重点を置いていないんですね」見学に来た学生の一言から考える学校とフリースクールにおける「教育」のちがい(連載:出張版 お母さんのほけんしつ)
- 「日が暮れるまでトイレに居た」高校入学早々に不登校になった経験者がトイレに隠れていた理由(連載:前略、トンネルの底から)
- 「行きたいけど行けない」とき、子どもに何が起きているのか。経験者が考察する「身体としての不登校」(連載:「不登校」30年目の結論)
- 「つらかったあのころ、くり返したくない」。かつて不登校だった母親が、息子の不登校を受け入れるまで(連載:自由登校のわが家)
- 「この子の幸せのためなら死んでもいい」健康そのものだったわが子の不登校とその後(保護者、トノイケ・ミキさんインタビュー)
- 不登校・ひきこもり 相談先・親の会一覧
目次
「他人が怖いんですが、どうやったら話せますか?」不登校経験者がコミュニケーションのプロに聞いた、他人を怖がらずにすむ方法
「他人が怖いんですが、どうやったら話せますか?」不登校経験者がコミュニケーションのプロに聞いた、他人を怖がらずにすむ方法(経営者・高山洋平さんインタビュー)
不登校経験者で、不登校オンラインの連載「前略、トンネルの底から」の執筆者・古川寛太さんが質問したお相手は、「プロ営業師」「プロ飲み師」を自認する経営者・高山洋平さん。
高山さんはコミュニケーションスキルを活かし、不動産会社とIT企業で営業成績を上げ、自身の会社「株式会社おくりバント」を立ち上げました。
今も人との付き合い方に悩むという古川さんが、高山さんにコミュニケーションの極意をお聞きしました。
「フリースクールでは教育に重点を置いていないんですね」見学に来た学生の一言から考える学校とフリースクールにおける「教育」のちがい
「フリースクールでは教育に重点を置いていないんですね」見学に来た学生の一言から考える学校とフリースクールにおける「教育」のちがい(連載:出張版 お母さんのほけんしつ)
フリースクールを運営する土橋優平さんのもとに訪れた学生がこう言いました。
「フリースクールでは教育に重点を置いていないんですね」。
そもそも、学校における教育とフリースクールにおける教育にはどのようなちがいがあるのでしょうか。
フリースクールでの具体的な活動を紹介しつつ、フリースクールでの教育、そして学びの起点について、土橋優平さんが解説します。
「日が暮れるまでトイレに居た」高校入学早々に不登校になった経験者がトイレに隠れていた理由
「日が暮れるまでトイレに居た」高校入学早々に不登校になった経験者がトイレに隠れていた理由(連載:前略、トンネルの底から)
「休み時間なんて、息苦しいというレベルではなかった」。
高校入学早々に不登校になった古川寛太さんはそう言います。
学校において古川さんが逃げ込む場所、そこはトイレでした。
1日中トイレにこもっていたこともあるという古川さんに、当時のことを書いていただきました。
「行きたいけど行けない」とき、子どもに何が起きているのか。経験者が考察する「身体としての不登校」
「行きたいけど行けない」とき、子どもに何が起きているのか。経験者が考察する「身体としての不登校」(連載:「不登校」30年目の結論)
「私は、身体を意志のとおりに動かせたなら、間違いなく学校へ行っていた。しかし、私の身体は私の意志をボイコットした」。
詩人・フリーライターの喜久井伸哉さんは、自身の不登校をそう語ります。
「学校に行きたい。けど行けない」と子どもが言うとき、そこには何が起きているのでしょうか。喜久井さんは自身の体験を通して考えてゆきます。
「つらかったあのころ、くり返したくない」。かつて不登校だった母親が、息子の不登校を受け入れるまで
「つらかったあのころ、くり返したくない」。かつて不登校だった母親が、息子の不登校を受け入れるまで(連載:自由登校のわが家)
ライター・宮國実加さんのご家族は「学校に行くか行かないか、子どもたちが自分で選ぶ」という「自由登校」を実践されています。
ただし、自由登校に至るまでには、さまざまな葛藤があったと言います。
長男が不登校した際には、無理やり学校へ連れていくことも考えたという宮國さん。
しかし、それを押しとどめたのは、宮國さん自身がかつて不登校で、そのときの苦しい経験を、息子にまでさせたくない、という思いでした。
「この子の幸せのためなら死んでもいい」健康そのものだったわが子の不登校とその後
「この子の幸せのためなら死んでもいい」健康そのものだったわが子の不登校とその後(保護者、トノイケ・ミキさんインタビュー)
京都で雑貨店(絵と本、ことば 雑貨店おやつ)を営むトノイケ・ミキさんのお子さんは、高校1年生のある日、学校へ行けなくなりました。
健康そのものだったわが子が「死にたい」「ゼロになった」と訴えてきたとき、トノイケさんは「子どもの苦しみが治るのだったら、命を差し出したい」と思ったそうです。
その後、2つの転機があり、お子さんは少しずつ元気になっていったと言います。
不登校・ひきこもり 相談先・親の会一覧
神奈川県横浜市都筑区、愛知県名古屋市、滋賀県草津市、福岡県久留米市、福岡県福津市の会を紹介します。
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