中学で人間関係に苦しんだ僕、見つけたのは自分を守れる術【全文公開】

メイン画像:瀧本裕喜さん

 2019年度の調査では、小中学校の不登校約18万人のうち、小学生は約5万人、中学生は約13万人でした。中学校に上がると、勉強がむずかしくなったり、部活で上下関係ができたりと、小学校に比べさまざまな変化があります。不登校経験者たちはどんな「中学の壁」にぶつかり、どのように感じたのでしょうか。

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 僕にとっての「中学校の壁」は、人間関係でした。

 僕の通っていた中学は、管理教育が徹底されていて、部活動の参加を強制させられました。僕は、音楽の成績がよかったので、吹奏楽部を考えました。しかし男子は、体育会系の部活に入らないといけない、そんな空気が学校のなかにありました。僕はしかたなくテニス部に入部しました。3歳から習っていたピアノのレッスンのために部活を早退すると、「さぼりやがって」と同級生から嫌味を言われました。中1の最初の個人面談のとき、「クラスになじめない」と担任の先生に言ったところ、「どうしてそんなことを思うんだ」と叱られました。集団に溶けこめない僕は、人の心に興味を持つようになり、心理学の本を手に取るようになりました。母が大学時代に心理学を専攻していたので、自宅にはその手の本はたくさんありました。読み進めていくうちにわかったことがあります。現実はひとつではなく、人の数だけ見え方が存在すること。そして少数派の場合、同じ感覚を持っている人が少ないこと。だから、僕はまわりに理解されなかったんだと。今の状況が客観視できると、ほんの少し心が軽くなりました。

 また、そのころからファンタジー小説にのめり込むようになりました。ファンタジー小説は、イヤな現実を忘れさせる力があります。ファンタジーの世界には、人間以外の種族のキャラクターが登場するので、多様な価値観にふれることができます。生まれ育った環境によって、形成される価値観はちがう。何が正しくて、何がまちがっているのか、一概には言えない。そのことが実感としてわかるようになりました。

転機になった言葉との出会い

 そんななかで出会った、あるファンタジー小説に出てくる言葉が、僕に生きるヒントをくれました。その言葉は「自分の意見を出してしまうと、他人の意見を受けいれるのがむずかしくなる。どうしても、自分の意見が他人よりも優れていると思ってしまうからだ」、というものでした。僕はそれを読んで衝撃を受けました。これまでは自分の意見を持つことは、よいことだと思っていました。しかし、意見を持たないことで、他人の話を公平に聞ける、ということもあるのだということ。他人からすれば、自分の話をじっくり聞いてくれる人は、味方だと思う。ゆえに僕を攻撃しない。これからはケンカに強くならなくても、生きていける。相手を理解することが、最大の防御法だとわかったとき、僕にはうっすらと生きる光明が見えてきました。中学卒業後、高校に入学し、人間関係がリセットされると僕は相手を理解することにつとめました。受験でたいへんだったことや、苦手科目をどう勉強しているかなどを、クラスメイトにインタビューするように聞いてまわったのです。「僕はあなたに興味がある」ということを伝えると、初対面の同級生でも喜んで答えてくれました。自分の意見を前に出さず、まずは相手の話を聞き、理解する。このことを学んで、僕は中学での壁を乗り越えられたように思うのです。(瀧本裕喜さん・40歳)

■執筆者/瀧本裕喜(たきもと・ひろき)
18歳より7年間のひきこもりを経験。現在は講演活動や執筆活動を行なっている。(撮影・堀田純)

(初出:不登校新聞553号(2021年5月1日発行)。掲載内容は初出当時のものであり、法律・制度・データなどは最新ではない場合があります)

【連載】私がぶつかった中学校の壁
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